全日本プロレス1983年10月30日ジャイアントシリーズ

全日本プロレス1983年ジャイアントシリーズ

以前のブログではたまに行くプロレスの観戦記を速報的な感じで投稿していたのですが、このブログでは速報もするかも知れませんが、過去の試合を振り返りながらのコラムも書いていこうと思います。

かくいう私ももう40代後半のクソじじいですので、近年のプロレスも素晴らしいとは思いますが、やはり子供の頃のプロレスのファンタジーに完全に魅了されていた頃の思い出が、強烈な原体験として自分という人間を構成しているファクターの1つになっていると感じます。

プロレスの記憶をたどると、猪木とハンセンが抗争を繰り広げていた頃のリアルタイムのブラウン管の映像の記憶があるのでギリギリその頃かな、という気がします。

ホーガンの初来日した時や、第1回MSGタッグリーグ戦を観ていた覚えもかなり鮮明なので、1980年が自分的にはプロレスに対して物心がついた年なのかなと思います。

そんな自分の生まれ育った場所は新潟県の片田舎でした。プロレスは1年に1回か2回くらい興行がやってくるようなところでした。

プロレスの興行が来るとなると2ヶ月くらい前から町の電信柱にポスターが貼られ、間近になると街宣カーが大音量で町中を走り回ります。その音に気づくと街宣カーを見るためだけに夕飯の途中でも外に飛び出して行く、自分はそんな子供でした。

友人に新聞屋さんの同級生がいて、新聞屋さんはプロレス興行の際の後援会になっていたのでポスターをよくもらった思い出があります。スーパーアイドルシリーズか何かでマスカラス兄弟が大きく写っていた時のポスターはマスカラスとドスカラスの部分を切り抜いて、当時の小学校の図工の時間に課題になっていたゴミ箱の模様として貼ってマスカラスブラザーズゴミ箱を作ったこともあります。

そんなプロレス少年の自分がプロレスを初めて生で観戦したのは1983年10月30日の全日本プロレス「ジャイアントシリーズ」です。

興行の宣伝を兼ねて、昼間に近所のスーパーでジャンボ鶴田のサイン会がありました。その時にもらったサインはそれ以降自分が上京するまで部屋の壁に宝物として飾ってました。

いざ、夜の興行開始前、少し早めに会場に行くと人だかりが出来ていました。選手の入り待ちです。タクシーから馬場さんが出てきて会場入りする姿を見たのを覚えています。もっと早く行っていればハンセンやレイスの会場入りも見れたのでしょう。

試合の方はもちろん結果なんかは全く覚えていませんが、ハンセンが暴れながら入場してくる姿や、当時NWA世界ヘビー級王者だったレイスが巻いていた腰のベルトの輝き、ワンマン・ギャングがデカくてビビったこと、竹刀を振り回す鶴見五郎が怖くて逃げまくったことなど、楽しい思い出がたくさんです。強いていうなら、このシリーズにブロディが前半だけ特別参戦をしていて、自分の地元の大会の時には帰国していて観られなかったことだけが残念でした。自分はその後に訪れるブロディの生観戦チャンスを逃してしまうため、ブロディをとうとう観ることは出来ませんでした。

まぁそんな感じで、子供の頃のプロレス観戦は本当に懐かしい思い出です。プロレスは人気が回復したとか言われることもありますが、子供からの人気なんて当時のプロレスブームの頃と比べたらまだまだ無いに等しいくらいだと感じます。ゲームよりサッカーより野球より、プロレスが子供の心をとらえるジャンルになってくれれば本当に嬉しいです。

全日本プロレス 1983年10月30日(日)上越北厚生会館大会 観衆1,800人

第1試合15分1本勝負
〇百田光雄 (10分07秒 体固め)x川田利明

第2試合20分1本勝負
〇百田義浩(13分49秒 体固め)x菅原伸義

第3試合20分1本勝負
○ロッキー羽田 越中詩郎(16分0秒 体固め)大熊元司 xターザン後藤

第4試合20分1本勝負
〇ウルトラセブン(8分25秒 エビ固め) x三沢光晴

第5試合20分1本勝負
〇石川敬士 渕正信(12分22秒サソリ固め)鶴見五郎 xフィリックス・ロペス

第6試合30分1本勝負
〇テッド・デビアス(9分53秒 足4の字固め)x佐昭藤雄

第7試合30分1本勝負
○ワンマン・ギャング(7分23秒 片ビエ固め)xグレート小鹿

セミファイナル45分1本勝負
〇スタン・ハンセン マイク・ドゲンドルフ(9分19秒 体固め)天龍源一郎 xマイティ井上

メインイベント60分1本勝負
ジャイアント馬場 〇ジャンボ鶴田(10分38秒 体固め)ハーリー・レイス ×サクロン・ネグロ